2014年1月28日

三ツ峠山から富士山を見つつ、うさぎ神社へ。

マウンティンゴリラ登山学校での御坂山塊・三ツ峠山(みつとうげやま・1785.2m)登山、2日目の早朝はもう一度開運山(かいうんざん・1785.2m)の頂上を目指しました。
今回の山行では、開運山に立つのはこれで3度めです。

無風快晴だった前日に比べると、ちょっとだけ風が強くなって寒さに震えながら立った開運山の頂上。
富士山(ふじさん・3775.6m)を見ると、山麓の街にはまだ灯りがあって、ちょっとだけ夜景も楽しむことができました。


夜明け前の富士山の姿と、丹沢方面から登る朝日の様子とを組み合わせた動画をYouTubeにアップロードしたので、ご覧になってみてください。

これが三ツ峠山・開運山の山頂碑。
富士山を望むには、本当に最高の展望地です。

山頂に立ったのが6時26分で、日の出が43分。
わずかな時間なのですが、それでもかなり体が冷えたので、日の出後は早々に四季楽園に戻ります。
その途中、目の前の御坂山塊の山々と、遠くの南アルプスの山並みにも朝日が当たり始めました。

たくさんの山々が見えており、文章ではちょっと説明しにくいので、写真に山の名前を入れてみました。

さて四季楽園に戻って、暖かな食堂で朝食です。
ご飯に味噌汁、生卵、納豆、海苔と、定番の和食であり、美味しくいただきました。

今回宿泊した四季楽園は、三ツ峠山最高峰の開運山まですぐに行くことができて本当に便利。
小屋の方も臨機応変に我々に対応してくださり、とても気持ちの良い山小屋でした。
ぜひまた利用したいと思いました。

四季楽園の方の見送りを受けて、いよいよ下山。
…と思ったら、目の前にカモシカが現れました!

かわいいカモシカ。
のんびりと我々の前を横切って、急な斜面を下っていきました。

明るい尾根を少し下って、木無山(けなしやま・1732m)の標識の立つ一角へ。
三ツ峠山とは、開運山、御巣鷹山(おすたかやま・1775m)、そしてこの木無山の、3つのピークの総称であると、そのようにも言われています。

前日に御巣鷹山は登っているので、一応これで三ツ峠山の三山制覇、ということになりました。

木無山を過ぎてからは、比較的なだらかな尾根筋をどんどんと下っていきます。

途中で高圧鉄塔の下を潜ったり、林道を横断したりしつつ、雪はなくても凍結した道を進みます。

最後は思いのほか急で凍結した道を、6本爪アイゼンをきかせながら登って、天上山(てんじょうざん・1139.9m)の頂上へ。
ここには小御嶽神社が祀られており、由緒を書いた案内板もあったのでここに引用します。

小御嶽神社

嘯山山頂(天上山)

境内地  20坪

祭 神  磐長姫命・櫻大刀自命・苔虫命

例祭日  六月六日

由緒
寛文八年(1668年)五月六日、嘯山山頂に鎮座、勧請。
北麓農民は、農閑期には富士山に入山して気を伐り、角材・板材に木挽きをし、相模・伊豆・駿河方面に販路を開き、業としていた。
そのため富士山入山中の無病息災を祈り、富士山五合目に小御嶽神社を創建した。
郷に残る家族は、入山者の無事を祈願するために、里宮志向から富士と対峙するこの地を選び、分祀し、祈願所としたと伝う。

八王子・筒口神社 宮司
平成二十一年一月三十日
どうやらこの山は、かつては嘯山(うそぶきやま)と呼ばれていたみたいです。

さらに下ると、カチカチ山ロープウェイの終点である、たぬき茶屋の前に到着。
ずいぶんと賑やかな観光地です。

敷地の一角には、神社も祀られています。
その名もなんと、「うさぎ神社」!

そういう訳で、この一角にはたくさんのうさちゃん(の造り物)があって、うさぎ好きの私にはとても嬉しい場所でした。

またこのたぬき茶屋の近辺からは、これまでは木に隠れてなかなか全体像の見えなかった河口湖も、すっきりと見渡すことができました。

我々はロープウェイには乗らず、遊歩道をたどって護国神社へ。
これは殉職をした軍人や公務員などの英霊を祀る神社です。

そこから車道を歩いて河口湖駅に着くと、なんとフジサン特急の発車5分前。
思い切って切符を買って(大月駅までの乗車券1,110円と特急券が300円)、急いで乗り込み、登山終了となりました。

フジサン特急は座席が広くて快適であり、空いていたこともあって大月までに、山装備の片付けもすることができました。
これは便利!でした。

<参考コースタイム>

四季楽園(06:10)―開運山(06:26~06:55)―四季楽園(07:05~08:09)―木無山(08:31)―送電鉄塔(09:36)―林道横断点(10:31)―天上山(11:00~11:08)―たぬき茶屋(11:19~11:25)―護国神社(11:41)―河口湖駅(11:55)


山旅ロガーの軌跡

三ツ峠山から南に下る赤い線が我々がたどった軌跡です。

その後、フジサン特急に乗っている間も、山旅ロガーの停止を忘れており、軌跡が続いています。
最後はこの画面の外なのですが、大月駅までしっかりと軌跡は残っていました。

▼参考書籍

 

0 件のコメント:

コメントを投稿