2018年1月18日

「登山者のブックシェルフ」第8回目の補足。

今日の正午に配信された山と渓谷社の週刊ヤマケイに、「登山者のブックシェルフ」の第8回目が掲載されています。
私が読んだ山の本の中から、お勧めのものを紹介する連載です。

▼「登山者のブックシェルフ」第8回目が掲載されている週刊ヤマケイ

週刊ヤマケイ2018年1月18日配信通巻279号

今回はかつて私がその存在を知って大変に驚いた、志水哲也の初期の著書3冊について書きました。
最初の著書『大いなる山 大いなる谷』が出版された1992年の当時は、私も谷川岳一ノ倉沢の衝立岩を、ダイレクトカンテ、雲稜第一ルート、A字ハングルート、Over Timeと4本登って絶好調だった頃。
他にもコップ状岩壁や、穂高の屏風岩も登って、イケイケでした。

ところが私よりも1歳しか年上に過ぎない志水さんは、ダイレクトカンテや雲稜第一はソロ。
それどころか衝立岩以上に困難な剱沢大滝や、ヨーロッパアルプスのドリュ南西岩稜もソロで登っているという、超人的な記録を残していたのです。

この志水さんのことを知って、衝立4本くらいで慢心していた自分が、ちょっと恥ずかしくも思えきたりしたのでした。。

志水さん1冊目の著書である『大いなる山 大いなる谷』を読んだのは、おそらく1992年の秋。
第1章が夏の北アルプス縦走で、第2章が黒部の谷の2シーズンに渡る地域研究の報告、第3章が衝立岩とドリュの単独登攀、第4章は積雪期の南アルプスや北海道での縦走について記されていました。
今から25年くらい前の当時は、ボルダリングに取り組む人はごくわずか。
「絶景」といったものに興味を持つ人も少なく、若くて山が好きな人はみんな山岳会に入り、岩ばっかり登っていたのではないでしょうか?
シーズン中の一ノ倉沢なんて、それこそ100人を超えるクライマーが取り付いて登っていたものです。
そういう時代にこの志水さんは、沢登り、それに縦走にも、岩登り以上にも力を注いでいたので、とても自由な考えの人だなと感じました。
この本はなかなかにエネルギッシュで、文章は荒削りですが読むと元気になってきます。
これを読んで以降は、志水さんの名前は私の記憶に深く刻み込まれ、山岳雑誌のクロニクルなどに投稿した記録なども、チェックして読むようになりました。

次の『果てしなき山稜』が出版されたのは1995年。
既に志水ファンとなっていた私は、出てすぐに買い求めて読みました。
これは勤めていた会社を辞めて、新婚の奥さんを東京に残して一人冬の北海道に渡り、襟裳岬を起点として日高山脈、石狩山地、北見山地と細切れに縦走を続けて、宗谷岬まで歩いていくという壮大な山岳紀行文です。
ただし定職を離れてこういう登山を目指したということが影響しているのか、登山の描写と同じくらいに、平均を良しとする世間の風潮に対する反論的な記述が多くなっています。
95年頃は、今よりも登山に対する世間の理解は乏しかったので、当時の私は共感を抱いて読み進めたのですが、今の20代の人が読むとどうなのかな?とは感じます。
あとは奥さんを置いて半年も山に行くなんて、信じられないと思いました!
私はそういった面では軟弱なので、自分だったら絶対に山よりも奥さんを選ぶと、そんな風にも思いつつ読みました。

この『黒部へ』が出たのは、1999年。
その頃の私は以前にも増して、徹底的に岩登りに入れ込んでいた頃なので、谷の記録しかないこの本は敬遠。
読んだのは数年経った後だったと思います。
前半は『大いなる山 大いなる谷』の第2章の書き直しみたいな内容ですが、後半は完全に新規。
志水さんの文章にも落ち着きが出てきて、今読むと実はこの本が一番読みやすく感じます。
さらに谷の遡行記録だけでなく、後半には黒部にまつわるエッセイも多数掲載。
それがけっこう面白くてためになり、ガイドをしている私にも重宝する一冊です。
この秋に黒部下ノ廊下を歩いてみようと考えている方には、ぜひご一読をお勧めします!

志水さんは現在は、山岳ガイドをしているほか、写真家としても活躍中。
手がけた写真集はKindleで購入できるのもあるので、興味のある方はAmazonを検索してみると良いと思います。



◆    ◆    ◆

ところで昨夜は、予定通りに新宿ビックロの石井山専で、「地形図の等高線からイメージする登山コース」という机上講習の講師をしてきました。

今回も20名もの皆様にご参加いただき、とれも嬉しいです!

今日は本当は阿寺の岩場に行く予定でしたが、ちょっと風邪をひいてしまい中止にしました。
自宅で暖かくしながらも、『山と渓谷』4月号用の原稿を書き進めています。
とは言いつつも、夜は新宿に出向き、古い山仲間と一緒に飲んできます。
体調悪化させないよう、気を付けます。。

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